いかにしてノルウェーが持続可能な漁業の世界的リーダーとなったか

何世紀もの間、漁業はノルウェーの生計になくてはならない産業であり続けました。その漁業が、どのようにして持続可能な漁業で世界をけん引するまでに進化したのでしょうか。

沿革

Stone Age
皮張りの船でオヒョウ(ハリバッド)漁の様子が、岩に刻まれてあります。
875
エギルのサガは、早期のタラ漁に触れています。
1001
干し魚に荷を積んで航海していたレイフ・エリックソン(Leiv Eriksson)がアメリカを発見。
1100
1100年代から、干し魚をヨーロッパに輸出してきました。
1300
ハンザ貿易商がベルゲンを経由してノルウェーからヨーロッパへの干し魚の輸出を開拓。
1692
干した塩タラを満載した最初の船がノルウェーから出帆。
1700
ロシア北西部のポモール人が、ノルウェーの漁師との間でトウモロコシと魚の物々交換。
1900
The Institute of Marine Research logo black&white
海洋調査研究所(The Institute of Marine Research)、ノルウェーに開設。同研究所は、種の状況のモニタリングと我が国水産業の管理に重要な役割。

同年、ノルウェー水産総局も設立され、ノルウェーの最初の海洋調査船であるMichael Sars(ミハイル・サーシュ)が出航。
1908
初めてのトロール漁業法が可決され、ノルウェーにおけるトロール漁業の発展が減速。
1920
強い抵抗にもかかわらず、動力付き漁船の数が6,000隻にまで増加
1926
Norges fiskarlag logo
ノルウェーの漁師のためのノルウェー漁師協会が全国的労働組合として発足。
1934
巾着網漁の近代化進む。ローガランのSIGUNA IIIがノルウェー漁船として初めて魚群探知用のソナーを装備。
1938
ノルウェー政府、鮮魚法を制定、近隣で漁獲される一定の魚種について、漁民が独自の組織で独占的に販売をする権利を付与。これにより、国内沿岸での価格の統一と安定化が保証された。
1946
Norwegian Ministry of Fisheries and Coastal Affairs logo
労働党のレイダー・カールセンReidar Carlsenが水産大臣に就任。ノルウェーは世界でも初めて専任の漁業大臣を任命した国となる。同時に、水産省設立。
1957
Havøysund(ハーヴェイスン)を基地とするOla Ryggefjord(オーラ・リッゲフィヨールド)号が、ノルウェー漁船として初めてパワーブロック(巾着網ウィンチ)を採用。巾着網漁による漁獲量を大幅に改善。
1959
共用資産に関わる国際的協力の交渉に重要な機関の一つである北東大西洋水産委員会(NEAFC 、North East Atlantic Fisheries Commission)設立された。
1962
工場トローラー船第一号となった「M/TR Longva(ロングヴァ)」がノルウェーで建造された。
1972
漁獲量割当(クオータ)制度が初めて採用された。
1977
Map showing the fishery protection zone
ノルウェー沿海に200カイリ漁業保護地域を設定。この海域内では、ノルウェーに独占的自然資源獲得権がある。
1982
海洋法に関する国際連合条約が署名のために開かれた。この国際協定は、公海における航行と経済的活動、並びに海洋ゾーンの近隣沿岸諸国の権利を規制する。
1984
ノルウェー、並びにバレンツ海の漁業水域の解放と閉鎖に関するシステム導入。
1987
ノルウェーに魚類投棄禁止が施行される。この禁止は、当初は経済水域内北緯62度以北のタラとハドック(モンツキタラ)に限られていたが、その後適用範囲が拡大された。
1989
翌年の漁獲量割当適用のため、1989年4月18日に、タラ漁が終了された。
1991
Norge logo black&white
ノルウェー水産物輸出審議会(Norwegian Seafood Export Council)設立。NSECは、2012年にノルウェー水産物審議会(Norwegian Seafood Council)に改名。
1994
ノルウェー水産物連盟(Norwegian Seafood Federation)設立。これにより、シーフード全体が一つの統括組織の下に終結。
2011
MSC logo black&white
MSCにより最後のタラ、ハドック漁が持続可能と認定されたことにより、ノルウェーの持続可能性に対するコミットメントが認められた。
2015
ノルウェーの水産物輸出は、745億ノルウェー・クローネあり、そのうちタラ業界は130億ノルウェー・クローネを占める。